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    閏日記念にとりとめもなく
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      4年に1度の2月29日。
      とはいえ、特にありがたみもなく過ぎていったが。
      出張費使い切り&有給消化合戦に入った我が職場で久しぶりに同僚に会えたことくらいが特筆に値す……、いやいや、しないしない。
      とにかく、いつも通りの一日。いつも通り、動く歩道を逆方向に歩いているがごとく捗らない仕事。歩いて歩いて結構な距離を進んでたつもりなのに、元の位置からさほど動いていないぞっと。久々に会う同僚とも建設的な話ができてたはずだけど。


      せっかくなので前回の記事に関連して二・二六事件に関してもう少し書こうかと。

      1936年2月26日未明
      25日夜半から降り始めた大雪のなか、総数およそ1500名の陸軍皇道派の青年将校たちが、“君側の奸”を除き“昭和維新”の成就を目指して蹶起。首相官邸などを襲撃。永田町一帯を占拠。

      主な襲撃先
      岡田啓介総理大臣官邸
       栗原安秀中尉らが指揮する約300名 岡田の義弟である松尾伝蔵を岡田と誤認。
       松尾即死。岡田は後日、弔問客に紛れて脱出。
      斎藤実内大臣私邸
       坂井直中尉らが指揮する約150名 斎藤即死
      高橋是清大蔵大臣私邸
       中橋基明中尉らが指揮する約100名 高橋即死
      鈴木貫太郎侍従長官邸
       安藤輝三大尉が指揮する約150名 鈴木重傷
      渡辺錠太郎教育総監私邸
       安田優少尉らが指揮する約30名 渡辺即死
      牧野伸顕前内大臣別荘
       河野寿大尉が指揮する6(8)名 別荘放火焼失、牧野は無事
      他に、警視庁、陸軍大臣官邸、東京朝日新聞社をはじめとする新聞社などを襲撃

      午前9時30分
      川島義之陸軍大臣、天皇に拝謁。青年将校らの「蹶起趣意書」を読み上げ、状況を説明。天皇は速やかなる鎮定を指示。

      午後2時過ぎ
      軍事参事官会議。ここで出てきたのが『ねじの回転』でも問題となっていた「陸軍大臣告示」。第2項「諸子ノ真意ハ国体顕現ノ至情ニ基クモノト認ム」の「真意」が「行動」に差し替えられた、というアレ。

      27日午前3時50分
      勅令18号「緊急勅令」で戒厳令(戦時または事変に際して立法権、行政権、司法権の行使を一時的に軍部にゆだねる)公布。これより叛乱軍将校の死刑直後の7月18日まで帝都は戒厳令下におかれた。叛乱部隊に対して説得、勧告がこころみられる。

      28日午前5時8分
      「奉勅命令」下達。つまり、反乱軍は原隊復帰せよという天皇の命令が下る。 戒厳司令部の叛乱軍への説得は続く。叛乱軍も帰順か抵抗かで揺れるが、決戦の覚悟をきめ、閑院宮邸、陸軍省、参謀本部などに兵を展開する。軍当局も討伐に踏み切り、一触即発状態に。

      29日午前8時
      攻撃開始命令下る。有名な「下士官兵ニ告グ」のビラが捲かれ、8時55分には戒厳司令部内の放送室から帰順を呼びかける放送がなされた。「勅命下ル軍旗ニ手向フナ」のアドバルーンも掲げられた。戦闘意識を失った叛乱軍は次々に帰順。
      午後1時頃
      安藤輝三、自決を図るが失敗。
      午後2時
      下士官と兵は全員原隊に帰り、将校は陸相官邸に集合した。野中四郎大尉自決。残る将校は午後6時、陸軍刑務所に収容された。

      というのが事件のだいたいの顛末。

      二・二六事件は、昭和維新=国家改造を標榜したクーデターだが、結局のところは陸軍内部の政治的抗争であり、結果、陸軍統制派が「粛軍」と称して皇道派を追放。岡田内閣総辞職を受けて成立した広田弘毅内閣(当初は近衛文麿に組閣大命が下るも健康上の理由を建前に近衛はこれを拒否)に、悪名高い軍部大臣現役武官制の復活を迫る。これによって軍部が政策決定に大きな影響力を持つようになり、以後、政治外交は軍部のほしいままとなってしまう。


      1936年も閏年だったんだ。



      参考
      高橋正衛『二・二六事件 「昭和維新」の思想と行動』増補改版 
      中央公論社(中公新書76)1994年




      あ、本当にとりとめもないけど、田中芳樹の『銀河英雄伝説』に出てくるフリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルトは2月29日が誕生日(帝国暦458年生まれ)という設定らしい。お堅い帝国軍にビッテンフェルトのようなキャラを配するあたり田中芳樹氏のバランス感覚に感服する。田中氏いわくビッテンフェルトは「生き残ってしまった」人物らしいが。生きててくれて本当に良かったと思う私はビッテンフェルトが好き(「一番」ではないけど)。


         
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